チェスプレイヤーとしての羽生善治

将棋棋士として知られている羽生善治氏のチェスプレイヤーとしての一面についてです。

羽生善治氏は歴代の将棋棋士の中で最も強く、最も知名度も高いと言っても過言ではありません。
例えば名人、竜王、王将、王位、王座、棋聖、棋王の7大タイトルを全て同時に保持する7冠王は歴代で羽生善治氏しか経験していません。
また通算の獲得タイトル数でも40代前半には歴代1位になっており、現在も記録は伸び続けています。

羽生氏の将棋棋士としての実績は他にも数多くあり、枚挙に暇がありません。
そんな羽生氏ですが国内最強クラスのチェスプレイヤーという一面も持ち合わせています。世界中を飛び回り、ある時はグランドマスターを撃破したり、ある時は定跡を変えたりと将棋から離れてもその超人っぷりはいかんなく発揮されています。

スポンサーリンク

チェスプレイヤーとしての羽生善治

羽生善治氏の趣味がボードゲーム全般ということは比較的有名ですが、その中でもチェスは特に熱心に取り組まれています。

羽生氏がチェスを始めたのは七冠王となった頃(25~26歳、1996年前後)であり、チェスのトッププレイヤーの中ではかなり始めるのが遅い部類に入ります。
しかし将棋で鍛えた頭脳と、忙しい合間を縫っての勉強によってどんどん強くなり、国内大会でも優勝したりするまでになりました。1999年~2000年代中盤頃には積極的に海外大会へ参加しており、この間にレーティングを大幅に上げFIDEマスターというチェスのタイトルも獲得しています。

そして2007年にはプレイヤーの実力を表すレーティング値が国内最高値となり、羽生善治氏がランキングの上でも日本国内で最も強いチェスプレイヤーとなりました。
それ以降もほぼ国内では1位か2位のレーティングを保持しています。

(ランキング、タイトルおよびレーティングについて詳しくは後述します。)

またチェスプレイヤーの羽生善治氏を語る上で外せないのが「チェスの定跡を変えた」という話です。
その棋譜とは2005年のEssent Openという大会でのもので、相手はピーター・K・ウェルズ(Peter K Wells)氏というイギリスのグランドマスターの方でした。

peter_k_wells
Peter K Wells

白番(先手)ウェルズ氏、黒番(後手)羽生氏で始まった対局は、羽生氏が黒番の時に最も得意としているセミ・スラブ・ディフェンスという形になりました。
そしてそこから少し進み8手目でウェルズ氏がe2にビショップを引いたのが次の図です。

8_1Be2

この手に対して黒は通常はビショップをb7にすることが一番多く(下図)、他にもビショップをe7とする手やa6にポーンを突く手などがあります。

8_2Bb7

しかし羽生氏はここでビショップをd6へ移動させるという手を選択しました。
最終的にこの手が勝負を決める強襲手を生み出すことになり羽生氏が快勝しました。

8_2Bd6

羽生氏がチェスの定跡を変えたという話は、このビショップd6という手のことを言っており、この手自体はビショップにひも(タダで取られないようにするための他の自分の駒からの攻撃判定)がつかない状態になるためあまり好んで指すようなではないとされていましたが、この対局で評価が変わったというのがその内容という訳です。

次ページ 羽生氏のレーティングやランキングについて↓