チェスや将棋の実力は人それぞれですが、なぜか同じ時間、同じ年数だけ指してても強い人と弱い人というのがいます。
例えば30年以上も将棋を指し続けている町道場のおじさんよりも、将棋を覚えて3年の小学生の方が強い、ということもありますよね。
このような差は一般的には才能の差、年齢の差などと考えられがちですが、実はそれだけでなく練習方法で大きな違いがあるのではないか、という研究結果があります。
このページでは、その研究結果の概要と、具体的にどのような練習をすれば実力が上がりやすいのかというのを説明していきます。
最も重要なのは「意図的な練習」
ここで紹介する研究は、ベストセラー本「GRIT やり抜く力」およびその中に出てくるスウェーデンの認知心理学者アンダース・エリクソン博士の行った、チェスのグランドマスターや一流の音楽家などの練習内容と実力に対する研究についてからです。
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結論から言うと、実力の向上に最も重要なのは「意図的な練習(deliberate practice)」と呼ばれる方法で練習をしているかどうかということでした。
意図的な練習を行わない場合、時間をかけて練習しても実力が伸びづらくなり低い水準で止まりやすいということです。
意図的な練習は以下の4要素で構成されます。
- 現在の実力より高い目標を明確に設定する
- 上記の目標に対して集中して努力を惜しまずに達成を目指す
- 行動に対してすぐに有益なフィードバックを得る
- 反省し改善点を見つけ出し、うまくできるまで何度でも行う
それぞれについて説明していきます。
1. 現在の実力より高い目標を明確に設定する
既に得意なところではなく、具体的な弱点の克服を目標に定めます。自分がまだ達成していない目標を設定しましょう。
現在の自分の実力よりも少しだけ上の目標を設定するのがコツです。
実力が伸びない人の多くは自分の実力と同じかそれ以下の目標を設定していたり、目標自体を設定せずに練習していることがほとんどです。
2. 上記の目標に対して集中して努力を惜しまずに達成を目指す
特に「集中して練習すること」が大事です。
そして集中に関連する要素として「一人で練習すること」の重要性が述べられています。
研究では複数人での練習よりも、一人での練習の方が実力の向上が早いことが研究で分かっています。
チェスプレイヤーの研究でも、グランドマスターの方が一般的なプレイヤーよりも一人で練習・研究を行っている時間の割合が長いとのことです。
また伝説のバスケットボール選手であるケヴィン・デュラント選手は、練習の7割は一人で練習しているとも語っています。
実力が伸びない人は、一人で練習や研究を行うことが少なく、多人数で行うことが多いのではないでしょうか?
3.行動に対してすぐに有益なフィードバックを得る
練習に対して有益なフィードバック(指摘や評価のこと)を得る、そしてそのフィードバックを改善につなげるということです。
練習では「できたこと」よりも「できなかった」ことが重要です。
そのできなかったことをきちんと理解させてくれるフィードバックを得られる環境で練習をすることが非常に大事なのです。
フィードバックが得られない環境であったり、フィードバック自体を理解していなかったり、フィードバックがあっても有益でなかったりすると何の意味もないということです。
例えばヘボ将棋指し同士の感想戦などは、フィードバックはあるものの有益でない可能性があります。
4. 改善点を見つけ出し、うまくできるまで何度でも行う
3のフィードバックで得られたできなかったことに対して、しつこくできるまで何度でも改善を行います。
以前はできなかったことがすんなりと完璧にできるようになるまで、できないと思っていたことが考えなくてもできるようになるまでです。
こうして設定した高い目標を達成し、またさらに高い目標を設定する。この繰り返しで実力を伸ばしていくのです。
実力が伸びない人は1~4のどれかを行っていません。
特に将棋やチェスなどの対戦型のゲームでは、対局ばかりして感想戦をしない、詰め将棋や次の一手問題などの勉強をしない、といったような場合には実力が伸びない傾向にあります。
冒頭の例の将棋歴30年のおじさんと将棋歴3年の小学生では、おそらくおじさんは対局はするが一人で勉強はしない、感想戦はしないか同じ実力同士で行う、目標設定は具体性がないかしていないことが考えられます。小学生は逆ですね。
ちなみに最も重要なのが意図的な練習という方法であるだけで、練習時間の長さも重要なのは言うまでもありません。
将棋やチェスで行う意図的な練習の具体例
ではここまでの話を踏まえて、将棋やチェスで意図的な練習を行い、実力を伸ばすための具体例を紹介します。
1.目標設定
意図的な練習には具体的な目標設定が必要です。
将棋・チェスで目標として設定するのであれば、9手詰めの詰め将棋の本を答えを見ずに全て解けるようになる、悪手・疑問手を1対局中1手までにする、実力が一定のコンピューターに安定して勝利できるようになる、などです。
今どきは将棋もチェスもソフトが充実していますので、コンピューターを絡めた目標設定や練習がオススメです。
2.集中して練習
2人での対局や感想戦もいいですが、1人で練習できる環境を用意しましょう。
具体的には、詰め将棋・チェスプロブレム問題を解く・覚える、対局後の感想戦は相手との会話よりも持ち帰って自分1人で考える時間を長くするなどです。
特にクイズ形式の練習は、課題の発見につながりやすくなるので、詰め将棋問題のアプリであったり、次の一手問題を答えを見ずにじっくり時間をかけて解くのは有効です。
3.フィードバックを得る
フィードバックは有益でなければなりません。
コンピューターソフトのフィードバック、例えば棋譜をソフトにかけて悪手の指摘と最善手を出してもらう、などは有益であることが多いですが、現在の自分の実力を考慮しない超一流の指摘をしてくる可能性があるため、理解できない場合も発生します。
一方でその道のプロからのアドバイスであれば、こちらの実力を考慮して理解しやすい形でのアドバイスや指摘をもらえる可能性が高いです。
とはいえコンピューターソフトはほとんどの場合で有用でなので積極的に利用しましょう。
対局→自身で感想戦(悪手の反省など)→ソフトで答え合わせ、の流れが良いかと思います。
ちなみにヘボ同士の感想戦はフィードバックが有益でない可能性が高いのでオススメはしません。
4.問題点を見つけ改善を行う
問題点・改善点を見つけ、そこを改善します。
例えばソフトに悪手を指摘されたら、なぜその手を指したのかを考え、その原因となっている思考パターンを見直します。
いつも駒得ばかりに目が行く、考えがまとまる前に駒を掴んでいる、自分の駒の動かし方しか考えていない、などです。
問題点が見えたらそれに対する改善策、駒得ばかりに目が行くのなら速度計算を毎回きちんと行う、駒を先につかむ癖があるなら指す手が確定するまで駒は触らない、などです。
できないことができるようになるまで、できないと思っていたことが何も考えなくてもできるようになるまで、何度でも繰り返し行いましょう。
余談
エリクソン博士の研究が発表されるまでは、実力向上に最も重要なのは練習時間だと考えられていました。
有名なのは「1万時間の法則」と呼ばれるものです。
どのようなものでもその道のプロフェッショナルになるには1万時間の練習が必要というもので、マルコム・グラッドウェル博士が2008年に出した「 天才! 成功する人々の法則 」という本で一躍有名になった説です。
確かにチェスのグランドマスターの練習時間は平均して11,000時間とこの説を支持しているように見えますが、実は850時間程度でグランドマスターになっている人もいるため、練習時間が最も重要というのは違うのではないか、というのがエリクソン博士の研究だったというわけです。
ちなみに才能の寄与に関しては、バスケットボールにおける身長などのように競技的に明らかに有利な遺伝的要素以外については、才能が実力に大きく差をつけているという証拠は見つかっていないというのがエリクソン博士の立場です。